熊本弁の語彙は独特なものが多く、発音は平板で語尾が強いため、
熊本弁で話しているのを他所の人が聞くと、あたかも喧嘩しているかのように聞こえるといいます。 また熊本弁で話し掛けられると、
相手に詰問されているように感じるという人もあります。 たしかに熊本弁には卑俗語や荒々しい言葉が多く、発音も共通語のように高低のアクセントがなく、ハシ(箸)とハシ(橋)、 カキ(牡蠣)とカキ(垣)の区別はない。 またいわゆるカ行鼻濁音ももなく、「私がーーー」というとき「が」をはっきり濁って発音します。 このように語彙や発音に優しさや繊細さが少ないため、ごつごつした感じを他人に与え、肥後人は粗野で無骨者だという印象を与えるようです。 このことについては次の「県民性と熊本弁」のところで見ることとして、以下熊本弁の特徴を挙げてみましょう。 |
1. 通常語と敬語には次のような態様がある。 |
共通語 | 通常語 (自分または話し相手) |
通常語 (第三者) [注] |
敬語@ (話し相手または第三者) |
敬語A (話し相手または第三者) |
敬語B (話し相手または第三者) |
する (今日は何をするの?) |
する (今日はなんばすっと?) |
さす (今日はなんばさすと?) |
しなはる (今日はなんばしなはっと?) |
* | * |
しない (今日は何もしないの?) |
せん (今日はなんもせんと?) |
さっさん (今日はなんもさっさんと?) |
しなはらん (今日はなんもしなはらんと?) |
* | * |
いる (今日は家にいるの?) |
おる (今日は家におっと?) |
おらす (今日は家におらすと?) |
おんなはる (今日は家におんなはっと?) |
おいでる (今日は家においでっと?) |
おいでなはる (今日は家においでなはっと?) |
いない (今日は家にいないの?) |
おらん (今日は家におらんと?) |
おらっさん (今日は家におらっさんと?) |
おんなはらん (今日は家におんなはらんと?) |
おいでん (今日は家においでんと?) |
おいでなはらん (今日は家においでなはらんと?) |
行く (どこに行くの?) |
いく (どけいくと?) |
いかす (どけいかすと?) |
いきなはる (どけいきなはっと?) |
おいでる (どこさんおいでっと?) |
おいでなはる (どこさんおいでなはっと?) |
行かない (どうして行かないの?) |
いかん (どしていかんと?) |
いかっさん (どしていかっさんと?) |
いきなはらん (どしていきなはらんと?) |
おいでん (どしておいでんと?) |
おいでなはらん (どしておいでなはらんと?) |
来る (今度はいつ来るの?) |
くる (今度はいつくっと?) |
こらす (今度はいつこらすと?) |
きなはる (今度はいつきなはっと?) |
おいでる (今度はいつおいでっと?) |
おいでなはる (今度はいつおいでなはっと?) |
来ない (今週はもう来ないの?) |
こん (今週はもうこんと?) |
こらっさん (今週はもうこらっさんと?) |
きなはらん (今週はもうきなはらんと?) |
おいでん (今週はもうおいでんと?) |
おいでなはらん (今週はもうおいでなはらんと?) |
ーーく(書く) →−−かす(書かす) | ーーぐ(脱ぐ) →−−がす(脱がす) |
ーーす(話す) →−−さす(話さす) | ーーむ(読む) →−−ます(読ます) |
ーーつ(打つ) →−−たす(打たす) | ーーする(勉強する) →−−さす(勉強さす) |
ーーぶ(呼ぶ) →−−ばす(呼ばす) | ーーる(起きる) →−−らす(起きらす) |
ーーう(祝う) →−−わす(祝わす) | ーーぬ(死ぬ) →−−なす(死なす) |
ーーている(知っている) →ーーとらす(知っとらす) | ーーでいる(住んでいる) →ーーどらす(住んどらす) |
2.命令形には次のような態様がある。 |
はよせ! (はやくしろ) |
はよしなはり! (はやくしなさい) |
はよせんな! (はやくしなさい) |
はよしなっせ! (はやくしなさい) |
3.形容詞は「か」で終わる。 |
うまか (美味い) |
よか (良い) |
さむか (寒い) |
あつか (暑い) |
うすとろか (気恥ずかしい) |
こうだいか (高価な) |
4.助詞の「が」「は」「を」は次のように転化する。 |
主語に付く「が」は「の」に転化する | 雨が降っているよ。→ 雨の降りよるよ。 |
今日は先生が来るよ。→ 今日は先生のこらすよ。 |
主語に付く「は」は主語が「ん」で終るときは「な」に転化する | お母さんは買物だよ。→ おっかさんな買物ばい。 |
この階段は危ないよ!→ こん階段な危なかよ! |
主語に付く「は」は主語が「イ段」で終るときは拗音化する | わたしは行かないよ。→ わたしゃ行かんよ。 |
こっちはどうするの?→ こっちゃどぎゃんすっと? |
対象に付く「が」「を」は「ば」に転化する | 水が飲みたい。→ 水ば飲みたか。 |
あれをください。→ あるばくだはり。 |
5.独特の助動詞や終助詞をとる。 |
ーーしなすな。(−−しなさんな) | わるこつぁ、しなすな!(悪い事はしなさんな) |
ーーしたか。(−−したい) | わたしも、そけいきたか。(私もそこに行きたい) |
ーーごたる。(−−したい) | はよ、いこごたる。(早く行きたい) |
〃 (−−ようだ) | あん子は大人んごたる。(あの子は大人のようだ) |
ーーくだはり。(−−ください) | 西瓜ばいっちょくだはり。(西瓜を一つください) |
ーーはいよ。(−−ください) | こるば教えちはいよ。(これを教えてください) |
ーーなか。(−−ない) | そらぁ、おっじゃなか。(それは俺ではない) |
−−ばいた。(−−ですよ) | なんもなかばいた。(なにもないですよ) |
ーーばい。(−−だよ) | あるが学校ばい。(あれが学校だよ) |
ーーたい。(−−だよ) | こらあ、うちん孫たい。(これは、うちの孫だよ) |
ーーもん。(−−よ) | わたしゃぁしらんもん。(私は知らないよ) |
ーーと?(−−なの?) | 昨日はどけいったと?(昨日はどこに行ったの?) |
ーーな?(−−かい?) | きょう、町にいくな?(きょう、町に行くかい?) |
ーーとな?(−−ですか?) | あたはどけいくとな?(あなたはどこへ行くの?) |
ーーかいた?(−−ですか?) | そらぁ、なんかいた?(それは何ですか?) |
ーーどか?(−−だろうか?) | 先生もいかすどか?(先生も行くだろうか?) |
6.拗音に転化する語が多い。 |
清拗音 | おどみゃ (私は) |
あぶにゃ (危ない) |
こみゃ (小さい) |
ほういっぴゃ (いっぱい) |
とつけむにゃ (とんでもない) |
濁拗音 | あぎゃん (あんなに) |
こぎゃん (こんなに) |
たいぎゃ (たいてい) |
なんぎゃる (投げる) |
うーばんぎゃ (いいかげん) |
7.独特の促音がある。 |
名詞 | おったち(おれたち) おっさん(おじさん) とっつあん(父さん) |
動詞 | とっとく(取って置く) どっすわる(居座る) はってく(行ってしまう) |
形容詞 | ひっか(低い) たっか(高い) ぬっか(温い) |
副詞・接続詞 | やっぱ(やはり) ちっとん(少しも) そっで(それで) |
その他 | ありまっせん(ありません) しまっしょ(しましょう) |
[注1] 共通語では「借りる」はラ行上一段活用だが、熊本弁ではラ行四段活用で 連用形は促音便となる。 借りた→かった [注2] 共通語でワ行五段活用の動詞の連用形で促音便となるところは、熊本弁では 「ウ」音便となる。 買った→こうた 言った→いうた 笑った→わろうた |
8.撥音に転化する語が多い。 |
物、者、殿の「の」→ 「ん」 |
よい物→ よかもん |
他所者→ よそもん |
婿殿→ むこどん |
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連体詞の「の」→ 「ん」 |
この本→ こん本 |
あの人→ あん人 |
どのくらい→ どんくらい |
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所有の助詞「の」→ 「ん」 |
花の色→ 花ん色 |
山の上→ 山ん上 |
家の前→ 家ん前 |
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指示代名詞の「れ」→ 「ん」 |
それなら→ そんなら |
これだけ→ こんだけ |
あれなり→ あんなり |
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助動詞の「ない」「ぬ」→ 「ん」 |
行かない→ 行かん |
来ないから→ 来んから |
知らぬ人→ 知らん人 |
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「な」の前の「ラ行音」→ 「ん」 |
来るな→ 来んな |
むりなこと→ むんなこと |
何もするな→ 何もすんな |
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語尾の「も」→ 「ん」 |
どこでも→ どこでん |
それでも→ そっでん |
どうしても→ どうしてん |
[注1] 熊本弁では「ん」で終る語が多いが、上記のほか次のようなものがある。 |
あっちゃん (あっちへ) |
こっちゃん (こっちへ) |
おどん (わたし) |
あたどん (あなたたち) |
||
おもさん (たくさん) |
いっちょん (すこしも) |
そるけん (それだから) |
だけん (だから) |
9.強調のための接頭語が多い。 |
うっーー | うっ下がる(「下がる」の強調) | うっちぬ(「死ぬ」の強調) |
うちーー | うちかぶる(「被る」の強調) | うちくらう(「食う」の強調) |
きゃあーー | きゃあこうた(「買った}の強調) | きゃあいうた(「言った」の強調) |
ひっーー | ひっ噛む(「噛む」の強調) | ひっとずる(「出る」の強調) |
ひんーー | ひん曲げる(「曲げる」の強調) | ひんむく(「剥く」の強調) |
つんーー | つんかぐ(「欠く」の強調) | つんくじる(「くじる」の強調) |
さでーー | さでこける(「こける」の強調) | さでくりかえる(「ひっくりかえる」の強調 |
はちーー | はちきた(「来た」の強調) | はちわる(「割る」の強調) |
10.男性語の場合は卑俗語が多い。 |
一人称の例 | おりゃあ(俺は)、おっどみゃ(俺たちは) |
二人称の例 | わりゃあ(お前は)、わっどみゃ(お前らは) |
三人称の例 | ありゃあ、あやつあ(あいつは)、あっどみゃ(あいつらは) |
不定称の例 | どやつ(どいつ) |
動詞の例 | ぬかす(言う)、くらする(殴る)、あごたたく(差し出口をいう) |